偉大なる旅路

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 ガブリエラは泣いていた。 「みんな、大人なのに、すごく私の意思を尊重して、大事にしてくれるの」 僕は「大人なのに」という言葉に胸が痛んだ。 「そんなみんなを、私は裏切って逃げようとしているの」 「逃げなきゃいいじゃないか」 「どうしても会わなきゃならない人がいるの。ミハエルっていう男の子。ボルヘスっていうのは、その子が好きな小説家の名前。インターネットで知り合って、親友になったの。私と同じ一五歳で、ハンサムで、優しくて、スペイン語もドイツ語も英語もできて、すごくかしこいの。学校や家で嫌なことがあっても話を聞いてくれて、いじめっこにも、ネットの書き込みで論破して仕返ししてくれた。デートの約束もしたの。彼の近くにいられるなら、私はなんにもいらない」 「その子の町の近くまで行ったら、休暇をもらって会いに行けばいい」 「バーゼルの病院にいるの」  バーゼルはスイス西部、ドイツとフランス国境付近の都市だ。 「そんな寄り道、監督が許すはずがないわ」 「レースが終わってからじゃだめなのか?」 「間に合わない。ミハエルは……ひどい心臓病なの。余命一か月なの!」  騎手がチームから一度でも離脱すると、もう復帰は認められない。     
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