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川尼環哉は好感の持てるバカだ。
テストの点は毎回全科目オレより六十点ぐらい低いし、授業で当てられても答えられたことがないそうだ。本人が言っていた。
オレ、山谷若はというと、小学校では勉強せずに百点を連発し、中学校では授業を聞かなくても高得点を叩き出していた。高校ではあまり上手くいっていないが、まだまだ二年生。本気で受験勉強すれば、偏差値六十ちょっとの大学なんて楽に受かる。
二学期期末テストの答案が返された。数学は五十七点。微妙なラインだ。いやいや、オレがこの点数なら、川尼はマイナス点でもゲットしているに違いない。
クラスの誰とも語ることなく、オレは教室を飛び出し、一階のエレベーターホールへ向かった。
障がい者・ケガ人専用のエレベーターの前で三分待つと、エレベーターが下りてきた。車椅子に乗った川尼が出てくる。相変わらず髪が長い。校則には引っ掛からないのか、不思議だ。
「待った?」
「いや、今来たとこ」
まるでデートの待ち合わせをしているカップルだ。まあ、似たようなものかもしれない。オレがいないと川尼は学校で楽しく過ごせないのだから。
車椅子を押しながら問いかける。
「川尼、数学どうだった?」
「全然ダメだよ。山谷くんは?」
「オレも全然」
「とかなんとか言って、実際は八十点台とかなんでしょ」
「いやー、ははは」
そうだ。オレは勉強すればそれくらいとれるんだ。来年の今頃には模試でも高得点を出せているはずだ。
「すごいな。僕は赤点スレスレだったよ」
赤点ではなかっただと。つまりオレとこいつの点差は三十点もないということになる。マズい。
いやいやいや、二十点差はあるんだ。今までの差が大きすぎたせいで、すっかり感覚が鈍っちまった。まだまだこいつは下なんだ。それに、オレは本気を出していないが、こいつは真夜中まで勉強していてコレに違いない。だって、黒縁眼鏡の奥にくっきりとクマがあるんだ。同じくらい努力すればまた大きな差が開く。
目的地の文芸部室に着いた。
「ありがとう」
いつものことなのに、毎回お礼を言ってくるところに性格の良さが出ている。だからこそ、教室では孤高のオレでもこいつには関わってもいいと思えるんだ。
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