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「…今度は中入ってていいからね」
「…うん、はい。」
「仮眠として使うなら尚更。」
玄関を出ようとする彼に笑いながら少し意地悪にそういうと、案の定彼が少し怒ったように、
「…別に今回は結果としてそうなっただけで、仮眠を取りにきたわけじゃないですからね。」
というので、僕は(じゃあ何だったんだ?)と思いながらも「ほー。」と適当に返事をする。
亜砂はそんな僕を一度ジッと見つめると、すぐに睫毛を伏せて、コートのポケットからAirPodsを取り、耳に付ける。そして僕に一礼してから何の躊躇もなく出ていった。
亜砂が閉めた重厚な扉の音だけが、バタン…!!と虚しく響く。
………………。
僕は暫くその閉まった深緑の扉をただ景色のように眺めていて、何分間か経った後に力が抜けてフラフラとその場にしゃがみ込んだ。
何だったんだ……
時間をかけて理解しようとしても、中々今起きた数時間のことが理解できない、…というか、
若い…
あのスタイルでAirPodsを耳につけてロードバイクに跨って街を走るんだろうか……。
彼が何者なのか、そもそも彼が何才なのかすら分からない僕にとって、彼の若い見た目や行動はもはや脅威だった。
初めて本屋で見た時から感じていたけれど、彼の持つオーラは普通じゃない。
これは僕だけじゃなくて、周りのスタッフも後の打ち上げで亜砂の事を噂していたくらいだから誰がみても惹かれるものなのだろう。その時は今とも違う、英国の映画にでも出てきそうな格好をしていて、……って、そんな事はどうでもよくって。
亜砂がいた時には冷静だった事が、今になって一気に頭の中を覆い尽くし、ただただ謎だけを残していき、片っ端からそれに対して考えていくしかない。
普段だったら、いろんなことを同時並行的に考えることができるのに、どうして彼のことになるといつもこんなに燃費が悪くなってしまうんだろう。
それでも、一緒にいた時の彼の言葉や、行動を思い出すと胸が高鳴り、また来ないだろうかなどと思ったりするんだからそれがまた一番厄介なんだけれど。
はあ。
僕はそんな自分に、ほんと救いようが無いな、と自虐的なため息をついた。
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