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コンコン
夜、いつも通り夕飯を食べ終え原稿を書いていると、玄関扉をノックする音が聞こえた。
どうやら彼が来たらしい。
鍵を持っているのだから自分で開けて入ってくればいいのに、最初はいつも決まってドアをノックしてくる。
僕がいる時には僕がドアを開けに行き、僕がいない時には少し待ってから鍵で中へ入る。
どういうわけか、鍵でドアを開けるのに彼は抵抗があるらしい。インターホンは、僕が寝ていた場合起こすかもしれないからと使わない。彼のそういう細かい感覚が、僕にとっては新鮮で、面白かったりもする。
僕は席を立ち、それが誰なのかも確認することなく玄関の鍵を開けに行く。
ガチャ、
「…こんばんは。」
「いらっしゃい。はやく中へおいで。」
白い息を吐き、鼻の先を赤くした彼が僕に向かってそういう。
彼の細い首に、飛ばされないように固く結ばれたマフラーを一緒に解いてあげながら、僕は彼に軽くキスをする。外はかなり寒くなって来ているのか、不意に触れた鼻や耳が氷のように冷たい。
「部屋あったかい。」
彼が安心しきった表情をしてそう呟く。
「また自転車で来たの?」
「はい。」
「今度耳あてでもかってあげようか?…これ、触られてるって感覚あるの?」
「え、今触ってます?」
赤くなった耳の縁を、少し強く挟んでみるが、それでも彼は気づいてなかったらしく驚いた顔をしてこっちをみる。「結構強く触ってるよ。」僕はそう言いながら思わず笑う。
「耳あてついてる帽子持ってるから今度からそれを被ろうかな。」
「あー、亜砂に似合いそうだね。」
「…そうですか?じゃあ次はそれにしよう。」
そんな会話をしながら、僕は冷たさを溶かすように両方の耳を指で優しく揉み解す。不意に彼が僕の方を見つめ、今度はさっきよりもゆっくりとしたキスを交わす。口の中の温度はいつもと変わらない。
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