ゴーストライター

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「これって、雨三部作の最終ですか」 和美は頷く。 「私もまだ読んでないのよ…」 「いいなぁ。データは無いんですか」 魚住は必死にページを捲った。 「まだないのよ…。校正前だしね…」 和美は自分の椅子を引き寄せて座った。 「ほら、そんな事良いから、帰るわよ…」 「野々瀬さんは良いですね…。俺なんて新人とか新人以前の作家志望ばっか相手させられて、こんな発表前のプラチナ原稿読む事なんて皆無ですからね…」 魚住は興奮しながら原稿を捲って行く。 「これ、今晩一晩貸して下さい」 「もう…。コピーとかしちゃダメよ。編集長にも、まだ報告してないんだからね…」 和美はそう言って立ち上がった。 「じゃあいいのね。私は帰るわよ」 魚住は返事もせずに椎名崙土の原稿を読んでいた。 和美はオフィスに魚住を残し、薄暗い明かりの部屋を出て行った。 魚住はその原稿の途中のページで手を止めている。 そしてその原稿を散らかった机の上に置くと、引き出しの奥に隠す様に入れていた別の原稿を出した。 取り出した原稿を震える手でゆっくりと捲って行く。 あるページを開くと、その原稿も机の上に置いて、椎名崙土の原稿と見比べる様に指で追った。 その二つの原稿は一言一句同じ文字が並んでいた。 一体、どういう事だ…。 魚住は額から汗を流しながら、その原稿を捲って行った。
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