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視界はすっぽりと茶色い被り物で覆われていた。
パンプキンである。
磯崎は仮装パーティーに興じる人間達を監督するのではなく、むしろ仮装に溶け込むように指示されたのだ。
署長曰く、渋谷のハロウィンでは痴漢や強盗が相次いでいるから、こちらも私服刑事ならぬコスプレ刑事を用意した方がいい、とのこと。
「ふざけるな」
磯崎は毒づいた。ここは渋谷ではない。いくらハロウィンで浮かれ、いつもよりは人通りが多いとはいえ、所詮f県の田舎町だ。
あの大都会のような事態にはなりようがない。
しかし、警察とて公務員。上の言うことには中々逆らえない。
ましてや磯崎のような大学出たての一巡査に、コスプレ命令を拒否することなど出来ようがなかった。
「いえーい」
「キャー!!」
「トリックオアトリート!!」
耳に響く歓喜の声。
それを見慣れた制服の同僚達が必死で押さえつけている。
本来なら、俺もあちら側のはずだったのに……
外れを引いた。
そう思わずにはいられない磯崎だった。
コスプレをした群衆は動き、どよめき、いったりきたり。
秩序という文字を忘れたようにわめいている。
一人が騒げば拡がっていく狂声。
磯崎はその中で溶けるようにして警戒にあたっていた。
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