桜並木と僕と

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桜並木と僕と

 なんてことのない、ありふれた町のひとつ。一軒家やマンション、アパートが歩道に沿って並ぶ。コンビニやスーパー、ガソリンスタンド、定食屋。町に存在する建物一つ一つが、町民にとってはかけがえのない大切なものだ。  幼い頃はつまらない町だと思ってた。だけど今は、この町が無性に恋しい。僕が人生の大半を過ごした思い出の地だからだろうか。この町を離れるのが寂しくて、悲しくて、だけど少し嬉しくて。  この町はさほど有名ではないけれど。歴史に名を残すような町でもないし、有名人が住んでいた町でもない。だけど僕にとっては、共に人生を歩んできた大切な大切な町なんだ。  外に出れば、今日も見慣れた母子が楽しそうに歩いてる。少し離れたところでは、近所のおばちゃんが僕に気づいて小さく手を振っている。車の音、店の物音、道行く人々の話し声。その一つ一つが、たまらなく愛おしい。  町の喧騒に誘われるように、町を流れる川に向かった。川の両端には桜の木が沢山植えられていて、非常に目立つ。町の名物と言いたいところだけど、この桜並木はこの町だけのものではない。だから、やっぱりこの町には名物となるものは存在しない。  あと少しすれば、この景色が見られなくなる。見慣れた光景も、聞き慣れた音も、この町で経験してきたことも全て、過去のものになる。そう思うと、こんななんてことのない町並みですら素敵に思えるから不思議なものだ。  これから行く未知の土地では何が待っているんだろう。特別な町でなくていい。平穏に過ごせて、周りの人が素敵であればそれでいい。願わくば、この町に続く第二の故郷となりますように。  皆さん、今までお世話になりました。僕は新社会人として、新たな一歩を踏み出します――。
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