錬金術師の朝

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 昨日は夜から雨が降っていたが朝には止んだようだった。あちこちに水溜りがあって空気は湿気を多く含んでいた。夏の終わり頃の涼しい風が吹いていて気の引き締まる朝だった。 「おい、朝飯はまだ作らんのか?」俺の師匠がそう文句を言った。 「待ってください。まだ牛乳の配達が届いていないんです。多分昨日降った雨が原因で遅れているんだと思います」 「私は別に構わんのだが?」 「俺が構うんです。あれ無しの朝食はバリトン歌手がいないオペラみたいなもんです。まるで締まらない」  牛乳配達屋は足元を泥まみれにして息を少し切らしながらやってきた。申し訳無さそうにしていておまけにバターで作ったキャンディを貰った。 「きっと小さな子供がいるからくれたんですかね?」 「お前のことか?」と師匠は言った。 「いえ、俺は同年代からしたら身長はあるほうですけど」 「お前たまに私のことを馬鹿にするな」 「いや単なる感想を言ったまでです」  今日の朝飯はホットケーキと貰い物の分厚いベーコンとオレンジ。そして師匠は昨日の仕込んでおいた大量の水出しコーヒーを牛みたいにがぶがぶ飲みながら朝食を取る。普通の人が真似したらカフェイン中毒で倒れるかゲロを吐くかのどちらかである。俺も最初に見たときはかなり驚かされた。滅茶苦茶健康に悪そうだが師匠曰く「これぐらいじゃないと目覚めた気がせん」だそうだ。ホットケーキは必ずはちみつとクリームを乗っけて食べる甘党なのに、それだけなら姿相応に見えるのだが、大物錬金術師としての様相が垣間見れる所である。錬金術師の素養とはセンスよりどれだけタフであるかどうかであると、師匠は口癖のように言っている。
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