2 Dissonance

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 バーには、その日もエヴァがいた。植物を頭に生やしたような奇抜な髪形をした演奏者らを従えて、また憂鬱な歌を歌っていた。その曲は、自動演奏ピアノの伴奏つきだった。静かな分散和音(アルペジオ)。オルゴールのような単音のフレーズが、からっぽの薄闇のなかで、抑揚をつけて反復する。  (おどろ)かされることのない静かな暮らしがほしいと繰り返す、疲れきった都市労働者の魂の叫びのような歌詞。美しいが、哀しい歌だ。  どこかで聞いたことのある気がした。そうだ、ベランダでミュウが歌っていた、あの歌に似ている。そう思いながら、六宇はガイガパオを食べつつ、演奏を眺めた。なぜか、スパイスの効いたそぼろ肉がいつもより辛く感じ、舌を冷やすためにビールをぐいぐい飲んだ。気のせいか、酔い方も普段より早い気がした。  演奏が終わり、エヴァは奥の楽屋に引っ込んだ。彼女らが出てくるのを待ちながら、ちびちびと麦焼酎を飲んだ。今月から仕事の危険有害レベルを上げたので、賃金は一割ほど増えたが、それでも生活は苦しい。酒は二杯までだ。  空っぽになったステージでは、自動演奏の音楽に合わせて、立体映像が映し出されている。赤や緑の、水墨画のようなかすれた筆致の線が空中に現れたり消えたりしている。それらはアルファベットや漢字、街の風景や、山河を描いた。     
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