2 Dissonance

4/11
前へ
/83ページ
次へ
 その中心に、いつのまにか小柄な女性が立っている。白いローブのような衣装を着た女は、少女のようなあどけない童顔で、表情はない。向こうが透けて見えるので、映像だとわかる。 客たちはみな、静かにステージを眺めている。  過酷な労働のあとに最先端の技術による娯楽を堪能することで、工場での自分たち働きが、なにか世の中を前に動かす歯車になっているという気分になる。ものを創っているのだという誇りが生まれる。それが錯覚だとわかっていても、六宇はまるで神を崇める信徒のように、立体映像の女性を見て恍惚としてしまう。  そこで紡がれているメロディは、なめらかで美しい。ひらひらと降ってきた雪が、突然空中ではじけて消えていくような、繊細さと危うさが同居した音。いや、それが彼女の声だと気付く。くちびるはそよ風に呼応する花びらのようにかすかに動いていて、どこか別の時空にむかって歌いかけているようだった。声は耳に心地よい。癖がなく、匿名的な響きがある。  この歌手のことは知っている。遺伝子操作で生まれたという、奇跡の美声を持つ天才で、三年前に彗星のごとく現れたミュウというシンガーソングライターだ。デビューして数か月のうちに、名のある音楽賞を総なめにしたポップスターだが、実物が人前に現れたことはない。すでに死んでいるとか、正体は人工頭脳だとか、噂が絶えない。     
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加