2 Dissonance

5/11
前へ
/83ページ
次へ
 妻と同じ名だが、彼女がそう名乗ったのだ。  妻のミュウとの出会いは、一年前。仕事の帰りに寄ったこのバーだった。そのときも、今日と同じように、ミュウの立体映像が流れていた。  六宇がいつものように隅の席で飲んでいると、彼女が話しかけてきた。 はじめて会ったのに、そんな気がしなかった。彼女もブラックスターだったから、いつか、仕事中に会っていたのかもしれない。  どもりながら名前を訊くと、彼女は少し考えてから、「ミュウ」と答えた。適当に言ったことはわかっていたが、その夜、六宇は彼女を抱きしめながら、ベッドのなかでミュウの名を何度も呼んだ。  二十五年生きてきて、娼婦以外の女を抱いたのはそれがはじめてだった。  まるで、暗く深い夜の海を泳いでいるようだった。海中に差し込む星明りを背に受けながら、六宇とミュウは深い藍色の淵へ、絡み合いながら、どこまでも潜っていった。  朝になると、ミュウはいなくなっていた。  なんの痕跡も残さずに。すべて夢だったのではないかと錯覚するほどに。 六宇の心は、それまでに感じたことのないほどの空白に満ち、孤独に支配された。  それ以来、通勤路や工場で彼女を探したが、見つからなかった。     
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加