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六宇は、カウンターに座ったエヴァに声をかけた。痩せた歌姫は、濃いアイシャドウの奥から覗き込むように六宇を見ると、まるではじめて会ったかのように、怪訝な目つきをした。黒いスカーフは顔に巻いたままだ。
店員が、カウンターのむこうから、ストロー付きのモヒートを彼女に出した。
思い出したのか、わからなくてもいいと思ったのか、エヴァは興味をなくしたように六宇から視線を外し、ストローを咥えた。
短髪だが、魚の尾びれのようにうしろ髪だけが長い。容姿の自己主張は強いが、いつも寡黙で、感情が希薄だ。耳につけられたたくさんのピアスは植物が身を守る棘のように見えた。
「次の演奏は?」
「再来週」
ハスキーな声。目から上しか見えないので若く見えるが、まったく年齢不詳だ。
「間が開くんだな」
「いろいろ忙しいから」
「さっきやってた、あの最初の曲さ、あれ誰のなんて曲だ?」
「……」
「あれ、古い曲だよな。妻がよく似た曲を口ずさんでたんだ。すごくきれいなメロディだ」
今日は、やけに舌が滑らかに回る。ミュウの症状に回復の兆しが見えて、高揚しているからだろうか。
「奥さんに訊けばいいじゃない」
「前に言わなかったか? ブラックスターの副作用で会話ができないんだ」
エヴァはしばらく六宇を眺めたあと、「そうか、悪かったね」と言った。
「曲名がわかれば、ダウンロードして聞かせてやりたい。歌がリハビリになるかもしれない」
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