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真夜中、ミュウはベッドに腰掛けて、植物のようにじっとしていた。六宇は椅子に腰かけてただそれを眺めた。
なぜ自分がミュウに惹かれたのか――理由はあきらかだった。かつて惚れた女にそっくりだったからだ。赤毛の娼婦――マーサに。
マーサもまた歌い手だった。その生涯は華やかな表舞台とは無縁だったが、その美貌と美声は、日々の生活に疲れ切った六宇の心に、消えることのない穏やかな風景を刻み込んだ。
マーサが、客のはけたあとのラウンジで、ピアノを弾きながら古い歌を歌ってくれたことを思い出す。窓から見えたグレープフルーツのような丸い月が、ふたりきりの部屋を、魔力を帯びた青い光で満たしていた。
美しい歌だった。なぜか、懐かしく、切ない気持ちが湧き上がってきた。
「こんな美しい曲が、冷戦期直後のアメリカで作られたなんて、信じられる?」
歌っている間は夜の女神のように妖艶なのに、音楽の話をしているときの彼女は、まるであどけない少女だった。その落差に六宇はいつも眩暈を覚えた。魅了され、屈服した。
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