2 Dissonance

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 そして、その才能と魅力を目の前にして、彼はギターを弾くのをやめた。その稚拙な技術と才能で弦を奏でても、彼女のような音は出せなかった。児戯にしか思えなかった。  マーサは天才だった。歌や演奏もさることながら、一度聞いただけで、どんな曲もピアノで弾くことができた。歌詞も完璧に覚えた。そして、その曲がもつポテンシャルを過剰に引き出して、感動を増幅し、その心のスクリーンに美しい情景を抱かせ、聴く者を魅了する。超人的な特殊効果がその美声に宿っていた。  だが、その才能は日の目を見ることはなかった。才能には、日の光を浴びてさらに輝くものと、月光や星明りのように、暗闇で輝くものの二種類がある。  マーサは自室でヘロインの過剰摂取により死んだ。おそらく他殺。狙いは後頭部のブラックスターだった。  闇技師に除去してもらうこともできたのに、工場を辞めてからもずっと装置をつけていたのは、彼女の自分に対するある種の戒めだったのかもしれない。彼女は、決してプロのシンガーになろうとせず、夜の娼婦街で歌い、ひとびとを癒しつづけた。  ベランダでミュウの歌を聴いたとき、マーサの姿が重なった。あの歌をまた聴きたい。静かな夜に、青い月の光を浴びながら――  しかし、なぜだ。なにかがひっかかる。  ミュウとマーサ。二人の女との出会いと別れを思い出すたびに、六宇はいつも奇妙な違和感を覚える。     
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