1 Blackstar

7/7

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/83ページ
 目が覚めて、しばらく光に慣らすように視線を天井に這わせていると、直後、枕元でけたたましいアラーム音が鳴りだした。身体が起床時間を覚えている。体内時計というやつだろう。そう思いながら、六宇は時計のアラームを切る。  時刻は午前五時十五分。ベランダの引き戸が開いていて、カーテンがはためいている。外は、空に藍色の絵の具を溶かし込んだような薄闇だ。 となりを見ると、ミュウはいなかった。 「ミュ……ミュウ!」  飛び起きて、カーテンを払いのけると、そこにミュウはいた。風を受けながら、棒立ちになって、胸壁ごしに外を眺めていた。  六宇は胸をなでおろした。 「なにを見てるんだ」  六宇はミュウの後ろからその華奢な肩に手を置き、いっしょになって通りを眺めた。  階下には、二車線の道路をはさんで、灰色の集合住宅が規則正しく並ぶ団地があり、その向こうにもまた灰色の団地がつづいている。無造作に葉を茂らせた葉色の濃い木立が歩道の隙間を埋めている。通り沿いの建物の一階の多くは商店や食堂で、いつもの早起きの老人たちが談笑しながらコーヒーを飲んでいた。  ミュウはくちびるを動かしていた。絹糸のようなか細い声をささやくように発している。それは歌だった。言葉はよくききとれないが、メロディを口ずさんでいた。 「ミュウ、おお、おまえ……うたっ」  六宇が声をどもらせると、ミュウは歌うのをやめた。六宇は黙って、ミュウがふたたび歌うのを待った。  涼しい風がミュウの長い前髪を薙いだ。  ミュウの鳶色の瞳は、澄んだ湖面のような淡い色をした明け方の空を見上げていた。  視線の先を見ると、人工衛星が飛んでいた。それは流れ星のように西の空にむかって筋を描いて消えた。低い空を飛べるのは最先端技術のなせる業だという。昼間でも見える黒い星ということで、名づけられた通称が、ブラックスター。  宇宙が近くなったという言葉に六宇は違和感を覚える。ロケットは、未来への夢を乗せて、遠くへ飛ばすべきだ。宇宙の果てを見てくることこそが、宇宙技術の使命ではないのか。あんなに低く飛んで、落ちてきやしないかといつも心配してしまう。  さらに、また現れた。三つの黒い流星が並んで空の向こうに落ちていく。  ミュウは、まるで親鳥を待つ雛のように、空を見上げつづけていた。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加