2 Dissonance

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 六宇は処置室を出た。廊下を抜け、更衣室に入る。服を着替え、リュックを背負う。携帯と小銭入れ以外はなにも入っていないが、手ぶらで通勤するのはどうにも落ち着かないのだ。 工場を出ると、車道わきにある階段を降り、地下街への連絡通路に入った。  歩きながら携帯を起動し、メッセージを確認する。ミュウになにかあればアラートが示されるが、なにもなくて安心した。時刻は夜七時。夕食は家まで我慢することもできたが、バー・クラウドに寄ることにした。アルコールがほしいわけじゃない。ただ、このまま職場から真っ直ぐ家路につくことが切なかった。  駅につながる地下道から、さらに階下の地下街へつづく幅の広い階段を降りる。照明の明度が下がる。海底の深みに潜るような気分だった。こんな穴の中にもすでに夜の空気は充満していて、すれちがう者たちはみな、疲労と殺気のいりまじった退廃的な臭気を発していた。 昔はショッピングモールとして栄えた地下街も、いまは底辺労働者の通勤路であり、短い夜を楽しむための猥雑な吹きだまりだ。地下道のあちらこちらに、違法薬物の売人や娼婦、男娼がたむろしている。     
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