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1 Blackstar
モノトーンで統一されたバーの黒い天井に、よどんだ水のような薄闇が吹きだまっている。音楽がはじまると、それに呼応して、幾筋もの薄紅色の光線が闇の中に浮かび上がる。縞模様が交差し、川のせせらぎのような綾を作る。そこで泳ぐのは、緑と桃色の粒子で描かれた二折の錦鯉だ。テーブルにつく客たちは、みな、魂を吸い取られたかのように、その安っぽい立体映像をぼんやりと眺めている。
六宇はグラスを傾けて、麦焼酎ののこりをいっきに飲み干した。強いアルコールがかすかなうずきをともなってのどを過ぎていく。
絡み合うように泳ぐつがいの鯉が、空中に映し出された立体映像なのか、現実の鯉なのか、それとも、記憶の奥底からあらわれた幻影なのか、判然としなかった。
それは、店内に流れる奇妙な歌声のせいかもしれない。ほのかに発光した円形のステージで歌うエヴァ・シュバイツァーの乾いた声は、ハスキーを通り越して、金属的な響きをふくんでいる。
アコースティック・ギターとエレキ・チェロによるシンプルな演奏をバックに、連合王国時代の古めかしい英語で歌われるミディアム・テンポのバラード。
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