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沙耶香にとって少しの間でも不良行為をしていたことは黙っていてほしいことだったのかもしれない。
「人間って不思議だよね。あんなにも好きだったのに裏切られれば簡単に憎悪に変わるんだから」
野神沙耶香を脅迫していたのは周だ、と梢は認めるしかなかった。
「沙耶香は真面目だから、俺とキスした事実を兄ちゃんに知られるのが怖かったんだろうね。怯える沙耶香と兄の目を盗んで会うのは楽しかったよ」
楽しい、と言いながら、周が泣いているように梢には思えた。
「秘密がどんどん増えていって、沙耶香は俺に従順になった。この金庫の鍵のことも沙耶香から聞いた」
「金庫には何が?」
佐野はテスト問題だろうと言っていたけれど、入学していない周には必要のないものではないのだろうか?
「色々だって。教員、生徒の個人情報から定期テストの問題、それに――入試問題もね」
「入試……問題」
周が屋上の扉を開けた。
広がるのは空の青。なのに、周囲の空気は建物の中よりも重く澱んでいた。気をしっかり保つように梢は足に力を込め、辺りを見渡した。
規則的に並べられた鉄柵の一部がそこだけ後から付け足されたようになっている。一目見てあの場所が野神沙耶香が落ちた場所だとわかった。
「あの日もここで沙耶香と会ったんだ。鍵を渡すからって」
梢は泣いていた。
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