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「じゃあな」
俺は、現代国語の教科書に別れを告げた。ゴミ箱の中で弧を描くそれは、にやりと口の端を吊り上げ、俺を嘲笑っているように見えた。
俺に国語は必要無い。大学受験なら他の科目で全然カバーできるし、第一この本には一つも面白い作品が載っていない。漫画の方が一万倍は笑えるだろう。
だいたい、小説が何だ。評論が何だ詩が何だ。あんなもの、思ったことを書いただけの、ただの文章じゃないか。S N S で事足りるわ。本なんて、書いても読んでも、ずっと一方的で、何の慰めにもなりはしない。
俺は、ゴミ箱を軽く蹴飛ばし、下足のロッカーに向かった。
廊下では、誰ともすれ違わなかった。テスト期間で、みんな気持ちだけ早く帰ったのだろう。気持ちだけ、というのがミソで、本当に気持ちだけなのだ。その証拠に多くの生徒が、勉強してませんアピールの写真をS NSに投稿していた。ハートもされている。こういう連中に限って、家ではめっちゃ勉強しているのだ。英単語帳なんか、ボロボロで付箋だらけだったりする。いや良いことだけれども。
ロッカーで、靴ひもをほどいたり結んだりしていると、遠くからパタパタと足音が聞こえて来た。しんとしている校舎で、その音はよく響いた。心なしか、急いでいるように聞こえた。
足音はどんどん近付いて来て、ついにその音源との隔たりが無くなった時、今度は自分の胸の辺りから音が響いて来た。心臓の音は、耳でなく首で聞くのだと初めて知った。
そこには、俺の憧れの女の子、古田さんが立っていた。
古田さんとは、三年間同じクラスながら、一度も真面に喋ったことが無かった。唯一、記憶にある古田さんとした会話といえる会話は、確か二年の時、校内アナウンスの後のこんな内容だった。
「二年……の……、あなただけ宿題が出ていません。いいんですか? いいんですね? とりあえず職員室に来なさい」
「フハハハ! 校内一の間抜けだな」
「呼ばれてるよ小林君」
「えっ、俺? てか、ふ、古田さんじゃん……!」
「? ううん、小林君」
間違いなく校内一の間抜けだろう。
そんな古田さんが、俺を発見した、という風に目を見張っていた。結局宿題を出さなかった俺に、一体何の用だろうか。
古田さんは、相当急いで来たのか、少し息を切らしながら言った。
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