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「大丈夫!ぜーんぜん大丈夫だから!」
その場に似つかぬ素っ頓狂な声。修は三たびひるまされる。その男は眉を上げ、乱杭歯を見せて満面の笑顔を修に向けた。
「いや、でも脚が……」
修が男の血のにじむジーンズを見やると、男はまた唐突に立ち上がる。修もつられて立った。男は腿を持ち上げて膝を二、三度曲げ伸ばす。
「いやぁ、ただの擦り傷だね。ぜーんぜん大丈夫!」
修もじゅうぶん背の高い方だが、それを凌ぐ巨体が修を見下ろしながら、ぜーんぜん大丈夫なことを強調する。ひょろ長い顔に貼り付いた八の字型の眉毛が、どこか間の抜けた印象だ。
修が気づくと、後続車が次々に止まり、小さな人だかりが出来つつあった。
「警察、呼びましょうか?」
「えーと、うん、そうだね。そうしてもらっちゃおうかな」
修の申し出に、男はコーヒーのお代わりでも勧められたかのように、軽やかに反応する。脈絡のない愛想の良さが、修の不安を募らせる。
もちろん、彼がこの先、長く奇妙な旅のパートナーになる予感など、修の中にはつゆほども生まれていなかった。
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