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『正臣くん』
楓にそう言われた時、不覚にもドキンとした。
自分から仕向けたにも関わらず、だ。
楓は今、俺と手を繋いでいることで軽いパニックに陥っているようだ。
普通に手を繋ぐんじゃなくて、指まで絡めたのも、全部計算づくだ。
俺をもっともっと意識してほしくて、敢えて指を絡めた。
幸いなことに、楓はパニックには陥ったものの、振り払われたりはしなかった。
だから、調子に乗って、こうして今電車の中でも指を絡めたままだ。
チラリ、と楓を見れば、頬を染めているのがわかった。
いい傾向、だな。
満足すると同時に、今更になって羞恥心がわいてくる。
俺、手汗大丈夫か?
顔とか赤くなってないよな?
恥ずかしくて、でもやっぱり嬉しくて、
繋いだ手にギュッと力をこめると、楓も握り返してきた。
これは、計算外だ。
少しづつ楓を落としていくつもりだったのに、こんな反応をされたら『冷静沈着』と有名な正臣でも狼狽えてしまう。
どうする?
予定を変更して今日、想いを打ち明けるか?
いや、さすがに今日ってのは焦り過ぎか。
悩んでいるうちに降車駅に着き、楓のナビ通りに家まで歩いていく。
駅からは歩いて10分ほど。
もう、時間もない。
「私の家、ここだから…
あの、送ってくれてありがとう」
とうとう楓の家に着いてしまった。
繋いだ手を引き寄せたのは、半ば無意識だった。
ふわり、と楓の優しい香りが鼻腔をくすぐる。
少し体勢を崩した楓の背中に手を回して、耳元で囁いた。
「明日も、送るから。教室で待ってて」
「えっ?」
戸惑いを浮かべる楓の身体を離して、俺は踵を返した。
「じゃあね。楓」
来たときよりも早足で駅に向かう。
早く、楓との距離を縮めたい。
だから。
もっと俺を意識して、俺のことで悩めばいい。
俺のことで頭をいっぱいにして、俺のことしか考えられなくなればいい。
帰りの電車の窓に映る俺の顔は、仄かに赤くなっていた。
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