人生を貸す懐中時計

26/29
前へ
/29ページ
次へ
「あなた!気が付いた!?」 視界に入ってきたa子が、大袈裟に僕の名前を呼んだ。 やはり僕と同じように年相応に老け込んでいたが、化粧はバッチリだった。 「父さん!」 「パパ!」 「おじいちゃん!」 初対面の息子と娘と孫達が私の手を握る。 他にも親族らしい人間達が病室中に集まって嗚咽をあげている。 しかしここにいる人間の中で、目に涙を浮かべている者は一人もいなかった。 みんな演技だ。 さっきまでのように霞んでいたはずの目は何故か冴えていた。 「脈拍××!心拍が下がってきています!」 看護師達が慌ただしく動いている。 「●●さん!聞こえますか!?●●a男さん!」 僕は耳を疑った。 ●●a男。 僕をイジメていた主犯だ。 僕が人生を貸していたのは、世界で一番憎んでいたあいつだったのか? 二度目にあの宝飾店に訪れた時、a男は既に死んでいたという事なのか? そして、僕として人生を歩む事にしたのか? 心拍数が徐々にゆっくりになってきた。 ……全ては僕が決めた事。 後悔しても、もう遅いんだ。 僕は大勢の知らない人間達に看取られながら、瞼を綴じた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加