春宵(しゅんしょう)

16/23
293人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
高校時代に脳腫瘍が見つかり、 それが厄介な場所に有るから 完全に除去することは困難だったらしい。 だから定期的に手術をして、 最悪の場合は死ぬ覚悟も必要だと 医師から言われていたそうだ。 しかもそれだけじゃない。 その病気が理由で彼の母親は心を病み、 入退院を繰り返しているせいで 辛くても平気なフリをしなければならず、 弱音すら吐けなかったのだと。 なあ、分かるかい?安田くん。 最初から何も無かったのなら 諦めもつくと思う。 …でも彼は、全てを手にしていたんだ。 温かな家庭、可愛い彼女、愉快な友達。 順風満帆で明るい未来がずっと続くと そう信じていたのに、 その未来が突然、閉ざされた。 きっと彼なりに苦悩しただろう。 どうせプッツリと終わる人生ならば 自暴自棄になってもおかしくないのに。 でも、彼はそうならなかった。 …どうしてだと思う? 井崎くんはね、最後の最後まで 雅を見守ることに決めたんだよ。 自分では雅を幸せに出来ないからと 泣く泣く身を引いて。 それでも最後の最後まで、 雅の傍にいさせて欲しいと。 いつ死ぬか分からない恐怖と闘いながら、 彼は毎日、雅の為に笑っていたんだ…」
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!