第三章

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第三章

 白衣とマスクを身に着けた、警察官らしき人物が、俺の両腕をむんずと掴み、ナチュラル本部の一番奥の部屋に向かう。  もう俺は、諦めていた。人体実験されることになっても、生きていられるだけマシだ。  この状況に対する失望が、俺にそういう考えを植え付けていた。 しかし、やはり怖い。たった今も、恐怖で足の震えが止まらない。  奴らの会話を、偶然耳にしてしまったのである。 「いやあ、楽しみですね。去年の憲法改正は、画期的ですよ。人体実験ができる国なんて、そうそうないですからね。」 「ほんとですよ。今回の罪人は、やっと手に入れた健康体ですから、大切に扱わないと。だって、3億ですよ、3億! 人体セリ市でも、前代未聞の値段らしいですよ。」 「そうなんですね。あ、あの罪人の措置がどうなったか知ってます? 僕、会議に出欠できなくて。」 「ああ、あいつの措置は、馬との合成ですよ。下半身を馬と合成させて、空想上の動物『ケンタウロス』を作り出そうというわけです。」 そうだ。俺はケンタウロスになるんだ。いいじゃないか、楽しそうで。  無期懲役なんかよりは、ずっといい。 「おい、早く黙って横になれ。」 いつのまにか手術室に着いたらしい。俺のベッドの横には、麻酔をかけられているのか、息をしてピクリとも動かない、大きな馬が横たわっていた。    その馬は、真っ黒で、艶やかなたてがみが背中を流れ、脚には筋肉のスジが浮き彫りになっていた。まあ、ひとことで言うと…すごくかっこいい。 「てめえ聞いてんのか? さっさと寝ろっつってんだろ。」 警官こわ。馬に見とれてる場合ではないらしい。  俺は慌ててベッドに横になった。 「あ、刑事さん。そろそろ始めますので、退出していただけますか。」 「すいません。」 あの怖い警官が、やっと出て行ってくれたらしい。 「じゃあ早速麻酔かけますよー。」 「はい。」 プツ。注射針が俺の左腕に刺さった。この歳になっても、注射は痛いんだな。 「すぐに麻酔が効いてくるので、痛みは感じなくなりますから。」 俺にはもう、その言葉は聞こえていなかった。 意識が遠のく。そして、何も感じない。
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