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 1年前、13歳だった真行寺ケイは、東南アジアのサムール共和国で暮らしはじめていた。  父親の転勤のためだったが、歴史ある仏教国での生活はまさに刺激の連続。  遺跡好きのケイにとって、夢のような日々が訪れていた。  そんなある日、ケイは両親とともにある遺跡へ足を運ぶ。  隣国ジグとの国境付近に広がるその遺跡は世界遺産でもあり、多くの観光客でにぎわっていた。  精緻なレリーフが施された仏塔に食い入るケイ。  が、突然、周囲がざわつきはじめる。  やがて爆撃の轟音。  もともと民族が異なるサムールとジグは、一千年以上の昔から争っていた。  近代国家となってからは友好関係を築いていたが、ささいな貿易問題に端を発し、ここ最近、遺恨が再燃しつつあるようだった。  ケイは思わず、目の前の巨大な壁を見る。  そこにあるレリーフは、かつてサムールがジグの民族を撃退した歴史を物語ったもの。  この遺跡が狙われている、と直感するケイだったが、その瞬間砲撃される。  爆煙に包まれる中、悲鳴をあげる人々。  崩れ落ちる遺跡。  この砲撃により、ケイの未来は大きく変わる。  両親を亡くし、視力を失ってしまったのだ。  その後日本に戻ったケイだったが、待っていたのは光もなく両親もない孤独の日々だった。  なによりも苦痛なのは、大自然や文化遺産を目にできないという現実だ。  そして爆撃からちょうど一年。  サムールとジグが和解したとの報道が流れる。  軍部の暴走として片づけられたことを知り、ケイは失望する。  事実がそうだとしても、外国人であるケイは蚊帳の外。  謝罪を要求するのにも、面倒な手続きを踏まなければならなかった。  保険金と国からの給付で、当面の生活には困らないことは救いだったが、時計の針は爆撃を受けた日から一秒も動いていなかった。
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