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「わたし、これすきよ」 結び目を解かれたエンジ色のそれは、気まぐれにもてあそぶ妹の手をやわらかく包みました。 「あなたがいつも来ている、その上下紺色のお洋服は、可愛くないからきらい。でも、このスカーフはすき。落ちた椿の花の色、寝不足うさぎの瞳の色」 妹が纏っているエプロンドレスは、目が覚めるように青く、絵具でべた塗りをして描いた空みたいでした。ちいさなお城に妹が閉じこもるようになったばかりの頃は真新しかった衣装も、この頃にはところどころ毛羽や毛玉が目立ち、ふとした瞬間に陰りの表情を覗かせるようになっていました。一方で、もともと地味な色をしていたわたしのスカーフは、すこしくらい汚れたり古くなったりしてもさほど目立ちません。そこが、妹のお気に召したのでしょう。「かわらないもの」に対して、妹は異常な執着をみせていました。ぬいぐるみ、電池の切れた時計、食品サンプル、写真、絵画、絵本。反対に「かわりゆくもの」に対しては、ほとんど憎悪に近いような感情を向けていたように記憶しています。生の果物、窓の外の風景、当時飼っていたチワワ、髪の毛。そして、わたし。 「ねえ、あなたは大人になんてなったりしないでしょう」     
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