50人が本棚に入れています
本棚に追加
/317ページ
「治るまで大人しくしてな」
「仕事が……」
「仕事? あなた、ソルジャー……なわけないか。あの恰好だと、商人? にも見えなかったけど……」
首を傾げる少女に、一穂もまた不安になった。
どう考えても、デスクワークやサラリーマンという単語は通じそうにない。
身分証明書は今手元になさそうだ。
では、自分を何者と言えばいいのだろう。仕事は、どう説明すればいいのか。職場にはなんて言えば――
次から次へと湧いてくる疑問と不安に、体より頭が痺れてきた。
「あなたを捜してる人がいるの?」
「俺を、……捜す人……」
両親がまず頭に浮かんだ。それから職場の上司や後輩。
(仕事が溜まってそうだ……)
こんな時も仕事のことを考える自分が滑稽に思えた。
「大丈夫?」
ここは、そんな心配よりも、もっと大きな恐怖がある。少女の曇りない茶色の瞳に、一穂は確信した。
「ここは、どこなんだ?」
少女も、何かを想ったのだろう。小さく頷く。
「ここは、荒野の国エリミヤ。ようこそ、異国の方」
一穂は、大きく息を吐き、そして黄土色の天井を仰いだ。
最初のコメントを投稿しよう!