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彼女はレンズを凍った湖に向ける。
「何撮ってるの?」
驚かせないように優しくそう声を掛ければ、ふわん、と白い息が僕に掛けられた。
「人を」
それが晴れると、無表情な彼女がこちらを向いている。
「人って……何もいないじゃん」
そう、レンズの先には誰も、何もいない。なのに彼女は再び顔を戻すとシャッターを切り始める。その横顔が静謐で美しく、僕はただ、じっ、と見詰めてた。
「そこは冷たいでしょう」
唐突に彼女が口を開く。だけど目はこっちを見ていない。
「……いや。もう感覚は麻痺してるよ」
僕も、足の下の氷に目を落としながらそう苦笑する。
「もうすぐ、温かい所に行けるから」
カシャリ
フラッシュの眩しさに目を細めながら顔を上げる。最後の一枚は、僕を捉えてた。
「だから、安心して成仏しなさい」
「……ありがとう」
私のこのレンズは死者を写す。湖に沈んだ死体や、行方不明になった人の、現在の居場所――ただし、その人が死んでる場合に限る――なども。
現像した湖の写真。その最後の一枚。
そこには、透き通った体で儚げに微笑む少年の姿があった。
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