1 摂津の国

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1 摂津の国

 摂津の地は、昔父母と周防の地から帰京したときに通っただろうに、私の記憶にはない。  都からは遠からず、御簾ごしに春の浮かれた気分がそこかしこに溢れて、賑やかに田植えの準備をしている。  随分と豊かな国の国司にしていただいた。  夫は私のおかげで都の近くの大国の国司になれたと言ったが、当時すでに后の宮が帝に除目について申し上げることはなく、明らかに夫は土御門のお方に取り立ててもらった。 「お方さま」と呼ばれて、私はすっと背筋を伸ばした。  国府に着いた。  ここ、摂津の国では私は国守の北の方だ。  后の宮さまが、いつもそのようにされていたように。どんな時でも穏やかに、下卑ずに明るく過ごそうと決めていた。  車寄せから出ようとすると、夫が自分で牛車の御簾を上げて私の手を取ってくれた。 「よく来てくれたね」  久しぶりに会う夫は笑い皺が増えたようにも思える。  豊かで苦労の少ない国なのだろう。  土御門の大臣からは経房の君を通じて、中宮生母の鷹司殿からは赤染衛門の君を通じて、中宮さまへの出仕のお声がかかった。赤染衛門の君は書き始められた、栄花の物語の写しも持って来てくださった。  宮中の華やかさ!     
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