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そのとき彼は、宇賀神の腕の中でさえ、一滴も涙を流さなかった。
ただひたすら、もっともっと、と狂ったように宇賀神を求めた。
壊れるほど酷く抱いて、と蒼白な顔で懇願して、彼を困らせた。
そのまま川嶋の心が壊れてしまうのでは、と宇賀神は本当に生きた心地がしなかったが、彼は1週間ぐらいそんな調子で宇賀神を求め続けた後、急にいつもどおりに戻った。
誰も帰って来なくなったアパートにも、週に一、二度は戻って空気を入れ替え、掃除をする。
もうここに住めよ、と誘う宇賀神には相変わらずバッサリ「できない」と断り。
でも、ほとんど毎日のように「泊めて」とねだる。
川嶋が宇賀神のことを「好き」なのかどうかなんて、返事が怖くて訊いたことがない。
だけど、その細い肩は、宇賀神がいないと生きていけないだろうことだけは確かだった。
川嶋にはもう、正真正銘、宇賀神しかいなくなってしまったのだ。
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