4.

5/6
1036人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
そのとき彼は、宇賀神の腕の中でさえ、一滴も涙を流さなかった。 ただひたすら、もっともっと、と狂ったように宇賀神を求めた。 壊れるほど酷く抱いて、と蒼白な顔で懇願して、彼を困らせた。 そのまま川嶋の心が壊れてしまうのでは、と宇賀神は本当に生きた心地がしなかったが、彼は1週間ぐらいそんな調子で宇賀神を求め続けた後、急にいつもどおりに戻った。 誰も帰って来なくなったアパートにも、週に一、二度は戻って空気を入れ替え、掃除をする。 もうここに住めよ、と誘う宇賀神には相変わらずバッサリ「できない」と断り。 でも、ほとんど毎日のように「泊めて」とねだる。 川嶋が宇賀神のことを「好き」なのかどうかなんて、返事が怖くて訊いたことがない。 だけど、その細い肩は、宇賀神がいないと生きていけないだろうことだけは確かだった。 川嶋にはもう、正真正銘、宇賀神しかいなくなってしまったのだ。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!