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遊佐忠仁という男は、裏の世界で最近急に注目され始めた男だった。 と言っても、後ろ暗い職業に就いてるわけでもなく、裏家業で悪いことをしているわけでもない。 至極真っ当に仕事をしている美容整形外科医だ。 ただ、その腕が「神の腕」と称される天才であるが故に、顧客の豪華さが半端ないのである。 政財界の大物たちからその夫人たち、芸能界の大女優たちからそのパトロンたち、はたまた海外の王族やらまで超一流の顧客が揃っているらしい。 そのへんの個人情報をひとつでも掴めたら、莫大な利益を生むかもしれない宝の山だ。 しかし、逆を言えば、遊佐に手を出すとそれらの錚々たる人脈を全て敵に回すことになるわけで、それは都合が悪い。 だから、宝の山だとわかっていても手を出せない聖域が遊佐忠仁という男なのだ。 持てる限りの力を駆使して調べた結果を、宇賀神は何度も読み返す。 その男は、間違いなく川嶋の祖母の知人のようだった。 遊佐という男も、小さい頃に両親を亡くしていて、祖父母に育てられていたようなのだが。 遊佐の祖母と川嶋の祖母が友人だったようなのだ。 川嶋の祖母が、娘や孫と同居するために上京するまではとても仲がよかったらしい。 遊佐本人も可愛がって貰っていたようだ。 疎遠になっていた川嶋の祖母が亡くなっていることをしった遊佐が墓参りに行った際、たまたま川嶋と出くわした。 そして遊佐は、川嶋の聡明さと落ち着きと礼儀正しさに、ピンときたらしい。 悔しいことに、川嶋が就職するにはもってこいな職場の気がする。 遊佐はお世話になった相手の孫をちゃんと守ってくれるだろう。 しかも、そうすれば、川嶋を極道の世界に引きずり込まないで、真っ当な世界で生きていかせることができる。 問題は、川嶋が宇賀神会次期トップの愛人だということを遊佐が知っているのか、ということだ。 知った上で雇ってくれるというのなら問題はない。 川嶋を守ってくれるというのなら、闇社会が遊佐を脅かさないように抑えをきかせるぐらいはやって、ウィンウィンの関係に持ち込んでもいい。 しかし、知らないで雇っていて、何か問題が起こったら。 会えるかどうかわからないけれども、会ってみるか。 宇賀神は手にしていた資料を机の上に放り投げた。
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