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「あれ?お前、川島?」
そんなふうに声をかけられたのは、大学のオリエンテーションが終わって、通常の授業が始まった頃だった。
一般教養の授業で、大教室にいろんな学部の人間が集まっている。
聞き慣れない声に、川嶋は顔を上げた。
顔を見ても、誰だかわからない。
「覚えてないわけ?ホント、お前ってムカつくやつだよな」
そいつは、苛立たしげに吐き捨てながら近寄ってきた。
隣に座っている宇賀神が、ぴくりと膝の上で拳を震わせる。
その拳をそっと手のひらで押さえて、川嶋は記憶を探る。
そして。
川嶋の顔がさっと青ざめたのを見て、宇賀神は立ち上がった。
普段ほとんど顔に感情を出さないそのひとが、そんなふうに青ざめるなんてただ事ではない。
その迫力ある上背と体格で、近付いてくる男を威圧した。
「俺のツレに何か用か」
そいつはあきらかにビビったようだった。
「いや、その、俺…」
それでも盗み見るように川嶋の顔をチラチラ視線が舐める。
そいつは川嶋に執着している。
宇賀神はそれをすぐに感じ取った。
「小学校のときの同級生だから、懐かしくて」
なあ、川嶋。
言いながら、肩を叩こうとでもしたのか、手を伸ばしてきたが。
宇賀神の低い声が恫喝する。
「触るな」
今度こそ完全に怯えた顔になったそいつは、伸ばした手を慌てて引っ込めた。
「ま、またな川嶋…今度ゆっくり話そうぜ」
「今度はない。お前がアキの周りをうろついたらどんなことが起きるのか、試したいと言うなら別だが?」
完全に宇賀神会跡目の顔と声で、宇賀神はそいつを追い払う。
そして、川嶋を見た。
彼の愛しいひとは、今はもう真っ青になっていた。
呼吸がおかしい。過呼吸だ。
「アキ」
宇賀神は、その大きい手で川嶋の口と鼻を覆う。
「ゆっくりだ。ゆっくり呼吸しろ」
もう片方の手で、優しく背中を撫でる。
「大丈夫だ、お前には俺がいる」
お前は俺が守るって約束しただろ?
川嶋はすがりつくように自分の口を覆う宇賀神の手に捕まり、なんとか落ち着いてきた。
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