おまけ

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「今日はもう帰ろう」 宇賀神は川嶋の細い身体を抱き上げた。 キャアと教室に残っていた女子学生たちの黄色い歓声があちこちから上がる。 「龍、もう大丈夫だから、下ろして」 川嶋は淡々と言った。 恥ずかしいとかではなく、本当に大丈夫だからだろう。 彼は周りの目なんかあまり気にしない。 人にどう思われるか、なんて気にもしない。 気にするのは、宇賀神にどう思われるかだけ。 「自分で歩けるんだな?」 「ん」 そのまま抱いて帰りたかったけれども、宇賀神はそっと川嶋を下ろした。 川嶋が気にしなさすぎる分、宇賀神が少しは気を配る必要がある。 大学であまり浮きすぎても困る。 「帰ったら、あいつが誰でお前に何をしたか教えてくれるな?」 それだけは譲れない。 「……龍にならいいよ」 お前は僕がどんなでも側にいてくれるだろ? 川嶋は小さくそう言った。 小5の川嶋を、全裸にして、首に縄跳びを巻いて、全校生徒の前を犬のように歩かせた。 その姿を、こともあろうに、みんなで嘲笑して。 その話を聞いたとき、宇賀神は怒りのあまり髪の毛が逆立つのではないかと思った。 出逢ったばかりの頃、何故転校してきたのかと訊いた宇賀神に、川嶋はあまり言いたくない、と答えたから。 あえて突っ込んでは訊かなかった。 まさか、そんなことがあったなんて。 そんなことをした張本人が、いけしゃあしゃあと近寄ってくるだと? あんまり思い出したくないし、龍がこれからもあいつのこと追い払ってくれるから、この話はもう終わり。 川嶋はそう言って、話を打ち切ったけれども。 精神的に不安定なときに限って激しく求めてくるそのひとが、今日もいつになく何度ももっと、とせがむから。 まだ、傷が癒えていないことなんて丸わかりだ。 というか、そんなトラウマ、癒えるわけがない。 腕の中でやっと安心したように疲れきって眠るそのひとの髪を撫でながら、宇賀神の瞳は冷酷そのものの光を放っている。 どうして自分は、生まれ落ちたその瞬間から、このひとの側にいられなかったのだろう。 知り合う前の過去までは守ることができない。 そのことがこんなに悔しい。 絶対に許さない。 過去に遡って報いを受けて貰う。 そんなことをしておいた上に、あんな下衆な視線を、誰のものに向けたのか、思い知らせてやる。
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