おまけ

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翌週のその授業には、その男は姿を見せなかった。 川嶋は、自分の手に指を絡めて握る宇賀神の横顔をそっと見上げる。 宇賀神は、川嶋の視線に気づくと、目を細めて嬉しそうに笑う。 「なんだ?俺の顔に見とれてたか?」 「龍はかっこいいけど、もう見慣れてるから今更見とれない」 「そうか?俺は今更でもアキに見とれるけど?」 何を聞きたいかなんてわかっているだろうに、はぐらかすように言うから。 「あの人、どうしたの?」 真っ直ぐに見つめて、尋ねる。 宇賀神の瞳に、極道の冷酷さが揺らめく。 「アキは知らなくていい」 強いて言うなら。 「あいつの記憶の中のお前の裸は完全に抹消されたから安心しろ」 それから、一瞬、唇の端に酷薄な笑みを覗かせて。 「俺が怖いか?」 試すような、問い。 「怖い?」 川嶋は、首を傾げた。 そして、いつもと変わらない淡々とした口調で。 「僕が龍に思うのは、好きってことだけだよ」 宇賀神がずっと聞きたかった言葉を、そんなにあっさり、こんな問いかけの返事で聞くなんて。 龍が知らなくていいって言うなら、もう訊かない。 川嶋は何事もなかったかのようにそう言って、自分のノートに目を落とした。 いつもどおりの声、いつもどおりの表情。 何も変わらず、動じない。 アキには十分に極道の妻になる素質がある。 宇賀神はそう思って楽しそうに小さく笑った。 やっと言って貰った「好き」に浮かれてもいた。 今日はベッドでも何回も言わせよう。 そして、思う。 このひとの感情を揺さぶるのは自分だけでいい。 いつかまた過去の亡霊が川嶋の前に現れても、何度でも葬り去ってやる。 指を絡めて握る手に力を込めると、しかし川嶋は、少し眉を寄せて言った。 「ノート取るのに邪魔だから手離していい?」 そういうところも川嶋で、そこも可愛いと思うのだから仕方がない。 「後でいっぱい触らせてくれるなら離していい」 「そんな条件関係なく触るくせに」 川嶋は淡々とそう言って、宇賀神をじろりと見た。 「それより龍もちゃんとノート取りなよ?僕、写させてあげないよ」 手繋いでたらノート取れないだろ? 宇賀神はヘイヘイ、と肩を竦めて手を離した。 宇賀神会跡目に説教できるのは、やっぱり現宇賀神会会長の父親と、極妻の川嶋だけだな、と思いながら。
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