再生

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再生

 次に意識が戻ると、これまでとは全く違った感覚で外界を捉え始めていた。  人の声が私に呼びかけている。はっきりと聞き取れる。 「聞こえますか。」女の声である。少し鼻にかかった色気のある声に、私は、遠く甘い記憶を呼び起こし、心地よく味わっている。 「ありがとう。光栄ですわ。」何のことを言っているか分からない。 「ご免なさい。今、貴方の脳から直接意識を読み込んでいます。」 私は何かの機械にでも繋がれているらしい。総ての思考が、この女に筒抜けになっているのだろう。試しに、この女が大きな胸をはだけさせているところを想像してみせる。 「貴方は正常な男性のようですね。」 女の吐息は私の意識を高揚させ、声だけでありながら、既に私を恋に引きずり込もうとしている。 「私の姿を見てがっかりしないでくださいね。」 私の目蓋はいうことを聞かない、というより、目や目蓋があるのかさえも分からない。女の姿を見たいという衝動によって、私の殻の中は沸騰を始めていた。電子音のアラームが鳴っている。 「ドクター、感情レベルが上がり過ぎています。」若い男の声だ。ここに、何人居るのだ。そして、ここはどこなのだ。 「それでは、今日はここまでにして、視覚の再生が完了した時に、またお会いしましょう。では、スイッチを切ります。」  それきり、女の声は聞こえなくなった。その代わり、バッハの無伴奏ヴァイオリン曲集、それも、何故かカントロフの演奏のものが聞こえてきた。私が思い浮かべているのか、それとも、あの女が故意に私に聞かせているのか。それからも時折、私の好む音楽が、好む奏者によって演奏された音楽が殻の中に響いた。何も知らせなくとも好みが分かるのだろうか。  私はサイボーグ研究のモルモットになっているに違いない。スイッチひとつで制御出来る「物」になろうとしているのだ。どうあろうと、今の私にはどうすることも出来ない。再び訪れた孤独の日々を、殻を満たす美しい音楽に溶けて過ごした。
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