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サイボーグ計画
雪山を彷徨ううちにブリザードに遭遇した日から、どれくらいの月日が過ぎたのかはよく分からない。私は雪山で死んでいてもおかしくない状態だった。現在の医療技術で助かる確率は0に等しいと思える。しかし、今こうして死なずに意識だけでもはっきりとしているのはどういう訳だ。人間のサイボーグ化という夢物語のような高度な技術が存在するのか。あの時、何の計画もなく軽装で軽率に山に登る、社会にとってどうでもいいような私の命を、莫大な費用をかけて助ける、というと聞こえはいいが、再利用する者とはどんな大富豪だろうか。その人間に会うことがあれば、「私で、どうもすみません。」ぐらいは言ってやるのだが。
朝が来た。というより、あの女が再び私のスイッチを入れたようだ。
「聞こえますか。」前回と同じ台詞で第二幕が上がる。私はまだ話すことが出来ないらしい。しかし、私の殻の中は薄明かりに照らされている。まさか!
「その通りです。目をゆっくりと開けて下さい。」
私は眼球と思しき物に被さるシャッターを恐るゝ開けた。私の殻に数ヶ月ぶりに光が入る。雪山で見たものと同じ、白一色。
「安心して下さい。直に物を識別出来るようになります。」女の言葉が神のように思えた。徐々に何かの形がぼんやり見えてきたのだ。女。
「そうです。私が見えますね。」
口づけが出来そうなほど近くに女の顔があった。黒目がちの澄んだ目。若い女の頬は、わずかにピンク色をしている。以前想像した胸元は台の下に隠れて見えない。
「よく見えていますね。それに元気そうで何よりです。」
女が向かいの計器の方を向くと、白衣の後ろ姿が見えた。しかも、裸体のアウトラインまでもうっすらと見えているではないか。本来なら、頬と耳が紅潮していく感覚を恥じらうのだが、その代わりに、またもやアラームが鳴る。
「スケベなんですね。もう赤外線感知装置を作動させていますね。」
振り向いた女は、おそらく無表情であろう私を、からかうように見ている。胸元が膨らんでいる。が、赤外線感知装置とやらが働いていない。女は笑っている。
「赤外線感知装置はしばらく切っておきますね。」
すでにしたたかな女によって切られていたのだ。なるほど、私を任されるドクターという訳だ。
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