第一章

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見上げると、快晴の空に雲が流れて来た。 あの場面を思い出して、今でも頬が熱くなる。 いくら自分が好きだからって、万葉集は…やっぱり違うよな。 地元を離れて大学に行く時、幼馴染の里子に渡した手紙。 手紙の封を開ける時の里子の、照れながら期待に目を輝かせたあの表情が瞬間に戸惑いに代わった。 み空行く 雲にもがもな 今日行きて (いも)(こと)どひ 明日(あす)帰り来む そりゃそうだ。万葉集からの引用なんて、それを専門に勉強していないとわからない。 『これは、ほら移動手段がない時代、好きな人に会いに行くのも大変ないにしえの時代の歌で、自分が雲になれたら、好きな人のところへ今日逢いに行って、明日には帰ってくることが出来るのに、って意味で』 勿論説明したけどとても緊張していたから、随分しどろもどろだった気がする。でも里子はわかってくれた。一番伝えたかった言葉に頷いてくれた。 『僕が卒業して地元に帰って来るまで、待っていて欲しい。それまでは雲に僕の気持ちを乗せて、君のところへ運ばせる。東からの雲を僕だと思って待っていてください』 頬を染めて頷く里子は、ほんとうに可愛かった。 美しい日本語をもっと深く勉強したくて、僕は東京に上京し、文学部を選んで大学に入学した。
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