夢の時間の終わり

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──そんな風に真っ赤になって瞳を揺らしながらも、彼女は俺から、決して視線を逸らさなかった。 『登山初心者が、富士山どころかエベレストを目指す!今の私がしている事は、そんな無謀な事だとわかってるけど!安西くん、好きです!私とおっ、お付き合いを、してくださいっ!』 ──必死に想いを伝えてくる彼女に、俺は思わず笑ってしまった。『俺は、エベレストなわけ?世界一は大げさでしょ』て。焦って挙動不審になる彼女に、また笑って。迷いはまだあったけど、肩の力がスッと抜けたように感じた。今度は、きっと大丈夫。そう、思えたんだ。 「一人でしっかりと考えて、三日後に『よろしくお願いします』て、彼女に頭を下げた。泣きながら笑う彼女を、初めて抱きしめた」 拓夢さんは目を細めて、微笑みながらそう言った。拓夢さんの彼女への想いを、しっかりと感じた。 私は、静かに息を吐いた。拓夢さんから彼女に似ていたと言われて落ち込むなんて、完全に私のエゴだ。 ──新入社員でお互いに忙しかったけど、僅かな時間でも作って、彼女に会った。会えない時は電話やメッセージをやり取りして、彼女とよく話すようにした。もちろん不安はあったけど、初体験を含めた過去の事も、自分から正直に伝えた。 「『少し考えさせて』と言われて、彼女からの連絡を待った十日間は、とても長かった。彼女に呼び出されて会った時は、やっぱりダメだよなと、別れを告げられる事を覚悟した」
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