夢の時間の終わり

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『?』 何の事かわからずに、キョトンと見返した。 『“初体験”だよ!おまえ、絶対モテただろ』 『あぁ……』 ──こんな場で、本当の事を言うつもりなんてなかった。苦笑を浮かべながら適当に相槌を打っていたが、周囲は妙に盛り上がり、みんながあれこれと探りをいれてきた。俺の隣に座っていた加賀見は止めようとしてくれたが、たった一人が上げる声なんて、ハイテンションの酔っぱらいには届かない。しつこくみんなに訊かれ、適当にかわす事がだんだんと面倒になってきた。最後には半ば自棄気味に、訊かれた事に答えていた。『ヒュー』とか『おー』とか喚声が上がり、指笛を鳴らす者もいた。『年上いいよな』と誰かが言い、ようやく話はそちらの方に逸れていった。加賀見は心配そうな視線を寄越したが、俺はただ肩を竦めて見せた。 「酔っていたのか……いや、やっぱり俺はよくわかっていなかったんだ。自分の過去が、どれだけ汚れたものなのか」 「拓夢さん……」 ギュッと握り締めた両手に、力が入りすぎてしまったのだろうか。拓夢さんを呼んだ声は、ずいぶんと頼りないものだった。 ──飲み会から一週間程経った頃に、彼女から呼び出された。付き合い始めて、彼女から誘われる事はほとんどなかったし、様子が変だったので気になった。待ち合わせをしたカフェで、俯いていた彼女が意を決したように顔を上げた。『“初体験”の話、本当ですか?』と、ストレートに訊かれた。
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