夕闇、或いは

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少女が独り、黄昏の世界に佇んでいた。 少女が立っているのは、彼女が通っている中学校の屋上である。普段から足を踏み入れることが禁じられている場所に自身が存在しているという事実は、少女の心を微かに震えさせた。 既にグラウンドや校舎の中に人影は見えず、人の声も聞こえない。聞こえてくるのは帰巣する鴉の鳴き声と、何処か遠くを走る車の排気音だけだった。 ……いや、聞こえる、あの音が。砂嵐のような、柱時計のような、あの音が。 彼女は虚ろな瞳を頭ごとぐりんと動かし、辺りの様子を伺う。 ーーーいた!彼が! 少女の顔に笑みがこぼれる。その笑顔は、ひどく歪だった。 よろよろと歩き出した少女は、転落防止のフェンスにしがみつき、恍惚とした表情でそれを見つめる。グラウンドの真ん中、寸前まで誰もいなかった場所に、それはいた。 輪郭がなく、さながら黒い煙のような、もやのような蠢く何か。そのもやの中に、まるで陶器で出来ているかのような白い仮面が浮かんでいる。仮面は、おおよそ目にあたる部分に、両端の尖った楕円形を横に倒した穴が二つ開いているだけで、口の裂け目も、鼻の隆起も見当たらない。昏く深い両目の穴からは、眼光ではなく黒いもやが漏れ出ていた。 「あぁ、嗚呼!そこにいたのですね!死神様!」 少女は酷く興奮していた。ガシャガシャとフェンスを揺らし、死神と呼んだそれに賛美の言葉を投げかける姿は、とても正気には見えなかった。 「少々お待ちください!すぐにそちらに行きますから!」 そう言うと少女はあたかも当然のように、フェンスを登り始めた。髪が乱れようが、スカートが捲れようがそんなのは御構い無しだ。多少手間取ったものの、少女は無事に(?)フェンスを乗り越えた。 もはや少女と世界を阻むものは何もない。彼女の眼下には地面があるのみだ。上履きの先端が校舎の端から少しはみ出る。少女は目を閉じ、まるでキリストのように両手を広げると、嬉しそうにこう言った。 「…死神様、貴方に…この身を捧げます」 少女の背中側からガシャンと音がした。駆けつけた男性教諭が屋上に続くドアを力任せに壊した音だ。 「やめろぉーーーっ!!」 教師が叫んだ時には、手遅れだった。 45キロの肉が潰れる音がした。
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