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第530話 はじめてのケンカ
お久しぶりです。かつしげです。更新遅れました。読んで頂けたら幸いです。
ーー
ーー
リリの件も旅行も終わり、とりあえずの安寧が戻って来た。他にも色々と問題は抱えているがとりあえずは安寧と考えていいだろう。
ーー週末にみくちゃんとどっか行く約束してるし他の子にも何でも言う事聞くとか約束してるんだから安寧じゃなくない?
だがこの時の俺はまだ結構呑気にしていた。まさかこの後にあんな事が起こるとはこの時予想だにしていなかった。
ーー
ーー
「今日でお盆も終わりよね。なんだか私の休みもあっという間だったわ。」
今日は8月16日木曜日。青森旅行から帰って来てそれぞれお盆の用事を済ませた俺たち。楓さんのようなまともな社会人はお盆休みの終わりを感じ始めて少しアンニュイな雰囲気を出している。ウチにいる他の学生組はまだまだ休みがあるから特に変化は無い。俺はダメ社会人だから特にどうと言うことはない。普通に明日から授業だしな。
「でも楓チャンは日曜まで休みあるやん。」
そんな楓さんの呟きにポテチを食べながらみくが返答する。
「何言ってるのよ。あと3日しかないのよ。次の大型休みは年末までないし。はぁ…憂鬱だわ。」
「青森から帰って来てゴロゴロお菓子食べながらアリスチャンとゲームやったりアニメみたりしてるだけやん。少しは運動せんと身体鈍るよ?」
「私ももう歳って事かしらね。」
「24で歳なんて言ってたらこの先どうするんよ。」
「じゃあ楓さん、明日私とバードウォッチングに行きませんか?」
楓の隣でマンテンドーピタゴラスイッチで遊んでいるアリスが声をかける。
「えぇ……暑いじゃない。」
「山は意外と涼しいですよ?」
「それに疲れるじゃない。」
「運動ですからそれは仕方ありません。」
何この会話。どっちが大人かわかんねえな。相変わらずのダメープルだよ。
「そういうのは体力担当のみくちゃんと行けばいいんじゃないかしら?」
「ウチは明日空手の道場見に行くからダメなんだよね。」
「そういえば言ってたわねそんな事。あれ?美波ちゃんは?いつもアリスちゃんは美波ちゃんと行ってるんでしょ?」
「美波さんは明日からお泊まりだそうです。」
あぁん?泊まり?え、誰と?誰と泊まり行くの?
ーーそんなの別にどうでもよくない?
「え、なにそれ。どういう事よアリス。」
俺はソファーでゴロ寝していた身体を起こしてアリスたちの方へと向く。
「なんやタロチャン、起きてたん?」
「さっき起きた。ってかアリス、それどういう事?」
「美波さんの事ですか?」
「うん。泊まりってやつ。」
「なんか5日間家を空けるみたいです。サークルの合宿みたいで。」
な、なんやて…!?あのヤリサ…じゃなくてテニスサークルの合宿になんか行くの!?絶対ダメじゃん。絶対乱交するじゃん。
ーー別にいいんじゃない?
「ダメじゃないそれ!?」
ーー慎太郎が大声を上げて立ち上がるので3人はびっくりして少し背中が跳ねる。
「び、びっくりした…。驚かせないで下さいよ。」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないですよ楓さん!?」
「何を狼狽えてるんですか?」
「だって合宿ですよ!?合宿!!」
「は、はあ…?」
ーー慎太郎の言ってる事がわからない楓。とりあえずすごい剣幕で言っているから相槌を打って刺激しないようにしようと思っていた。
そんななか、掃除を終えた美波と牡丹がリビングへとやって来る。変な空気が漂っている室内に違和感を感じながらもとりあえず掃除を終えた事を慎太郎に報告する。
「あの~…?お掃除終わりましたけど何かありましたかっ…?」
ーーこのぶりっ子は得意のあざとい雰囲気と声、そして上目遣いで慎太郎に近づく。だが慎太郎は今は女化している為背がいつもより低いので上目遣いがイマイチ効かない。
「美波!!明日から合宿行くの!?」
「えっ?合宿?あ、はいっ。言ってませんでしたっけ…?」
「聞いてないよ!?今アリスから初めて聞いたよ!?」
ーー慎太郎がなんだか必死に言っているが美波はなんだが状況がつかめない。言ってない事がそんなに問題だったのだろうか?もしかしてタロウさんは美波成分が足りなくて堪らなくなっているのだろうかと馬鹿丸出しの事を考えているがそんな呑気なことはここまでだ。慎太郎の言葉により空気が違う意味で変わり始める。
「合宿行くのやめなよ!?」
「えっ!?どうしてですかっ!?」
ーー流石に慎太郎から合宿に行く事をダメだと言われるとは思っていなかった美波は困惑する。
「だって危ないじゃん!!」
「危ない……?合宿は県内にある旅館でやるんですよっ?その近くに市営のテニスコートがあるので移動もすぐですし。山とか島に行くわけじゃないから危なくはないんじゃ……」
「だって男も行くんでしょ!?」
「男子も参加します。」
「危ないじゃん!?」
「???」
ーー美波は慎太郎の言葉の意味がわからないので考えようとするが答えが出る前に慎太郎が地雷を踏み抜く。
「だってテニスサークルでしょ!!こういっちゃなんだけどヤリサーって感じじゃん!!危ないじゃん!!」
ーー慎太郎の言葉に周囲が唖然とする中美波は冷たい視線で慎太郎を見ながら不快感の篭った声を出す。
「はい?どういう意味ですか?」
ーーその美波の雰囲気に楓、アリス、みくの3人はこれは不味いと感じる。牡丹は特に変わらずいつものおすまし顔で慎太郎を見ているだけ。ちなみにちび助はおねむで寝ている。
「茨城中央大ってアレじゃん!!テニスサークルってヤリサーって噂あるじゃん!!だもん危険じゃん!!」
ーー楓、みく、アリスの3人は『このバカ言い切りやがった』みたいな目を慎太郎に向ける。そして反射的に美波の反応を見ようと目を向けた時、邪気をまとうとかそんな呑気なこと言えないぐらい普通に怒っている美波を目にし3人は固まってしまった。
「最低です。そんな風に思っていたんですね。」
「えっ?」
ーー美波がいつものぶりっ子口調じゃなく冷たい感じの言い方をしたので慎太郎のテンションが下がり間の抜けたような声を出す。
「サークルとはなっていますけど私たちは大会に出場したり本気でテニスをしています。趣味としてやっているんじゃありません。それをそんな風に言うんですね。見損ないました。」
「えっ?美波?」
ーーなんだか美波のテンションがおかしいので慎太郎は少し不味いと感じたのか狼狽え始める。だが時すでに遅し。
「気分が悪いので今日はホテルにでも泊まります。明日から合宿なのでしばらく帰りません。失礼します。」
「えっ?ちょっーー」
ーーーー狼狽える慎太郎に美波は目も合わせずリビングから出てってしまった。それを慎太郎は呆然と見送るしか出来ない。楓、アリス、みくも黙って見てるしかない。牡丹は特に気にする事もなくお澄まし顔で慎太郎を見てるだけ。平常運転だ。
慎太郎は困る。困った末に頼るのはここにいるメンツにだけ。慎太郎はすがるような声を出して皆に助けを求める。
「どっ、どうしよう…!?美波怒って出てっちゃったんだけど…!?」
ーー慎太郎が涙目になりながら皆に助けを求める。まあね、ぶりっ子の肩を持つわけじゃないけどあの言い方はないよね。
「タロチャン、そら当たり前やろ。」
ーーみくが若干引き気味な目で慎太郎を説教するように言う、
「自分が本気で取り組んどるスポーツの事あんな言われたら頭に来るの当然やん。」
「テニスの事なんか言ってないじゃん…!!俺は茨大のテニスサークルの事を言っただけじゃん…!!」
「同じです!!それもヤリサーって。美波チャンがキレるん無理ないで。」
ーーみくが呆れた顔をしながらポテチをつまむ。みくに指摘された慎太郎だが納得がいってないようだ。なんだか不満ありそうな顔をしている。
「まあ、タロウさんの言う事もわからなくはないですけどね。」
ーー楓がみくの食べているポテチを1枚口につまみながら慎太郎の擁護をする。
「10年近く前に茨城中央大のテニスサークルで集団強姦事件がありましたよね。」
「え、そんな事あったんですか?」
ーーアリスが驚いた顔で楓に尋ねる。
「結構有名な事件だったわよ。新入生歓迎コンパやら合宿で酔わせて集団で強姦。それを写真や動画に撮って脅して玩具にするって感じのね。」
「なんやそれ!!そないな事あったんなら話は別やん!!タロチャンが心配すんのも納得やで。前言撤回。言い方には問題あったけどタロチャン悪くない。」
ーー楓の話を聞き、みくが不愉快そうな態度になる。
「でもその事を美波さんは知らないんでしょうか?」
ーーアリスが不思議そうに楓に尋ねる。
「んー、どうかしらね。その当時の美波ちゃんは小学生だからそんな事覚えてなくても不思議じゃないし。サークル内ではタブーになってて誰もその話をしないのかもしれないし。それか知ってても美波ちゃんは気にしてないのかもしれないし。」
「そんな事があったのに気にしてないんですか?」
ーーアリスは更に驚いた顔で楓に尋ねる。楓は新しいポテチの袋を開け食べながらアリスの問いに答える。
「昔の話だし何よりその当時の男どもがいるわけではないから気にしてなくてもおかしくはないわよ。それに美波ちゃんはテニスに真剣に取り組んでいるのだから尚更。」
「ウチならごめんやけどな。いくら昔の事でもそんな環境でやりたくない。」
ーー苛立っているからか、みくが楓の開けたポテチを勢いよく食べる。
「美波ちゃんが言っていたようにサークルだけど皆が真剣に取り組んでいるのなら気にしなくてもおかしくはないわよ。人の態度で心象は変わるもの。」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものよ。ま、私だったらお断りだけど。」
「なんや楓チャンだってやっぱそーなんやん。」
ーー3人で笑いながらポテチをパクつく。
「笑ってる場合じゃないでしょ…!?やっぱり俺間違ってないんだよね…!?それなら美波を引き止めないと…!!」
ーー慎太郎が涙目のまま美波を追いかける為リビングから出ようとする。しかしその前に楓が待ったをかける。
「タロウさん、それはやめたほうがいいです。逆効果です。」
ーー楓の言葉に慎太郎は止まる。楓へと振り返り訝しんだ目で尋ねる。
「逆効果…?」
「理由はどうであれタロウさんは美波ちゃんの好きなものを馬鹿にしたような言い方をしたんです。今の美波ちゃんは頭に血が上ってる。その状態の人に何を言っても意味がありません。それどころかまたタロウさんが失言をすれば本当に関係修復は出来なくなりますよ。」
「ヤリサーはあかんかったね。流石にあの台詞はあかん思うたもん。」
「そうですね。私もあれはひどいと思いました。」
ーーみくとアリスに言われて流石にデリカシーのない慎太郎でもマズイこと言ったと思い始める。
「ま、とりあえずは少し時間が必要です。合宿行って戻って来る頃には美波ちゃんの機嫌も直ってますよ。」
「えっ!?ほっとくんですか!?」
ーーこれで話はおしまいと言わんばかりの楓に慎太郎は抗議するような雰囲気を見せる。
「仮にサークルの男どもに襲われそうになってもオレヒスで強くなってる美波ちゃんをどうこうできると思いますか?」
「いや…でも…」
ーー楓の言う事はもっともであるが慎太郎は納得がいかない。
「それにいざとなったらノートゥングがいるじゃないですか。大丈夫ですよ。」
ーー本当に大丈夫か、と思う慎太郎。今更ながらに自分の失言に後悔する慎太郎は項垂れながらソファーに腰を下ろす。
そんな慎太郎の隣に今までずっと黙って成り行きを見ていた牡丹が当たり前の座る。
「ふふふ、私でしたらタロウさんに行くなと言われたらテストでも修学旅行でも行きません。それなのに美波さんは逆らうのですね。所詮はその程度の気持ち。あなたは悪くありませんよ。ずっとあなたらしく在ってくださいね。」
ーー楓とみくとアリスは安定の牡丹を微妙な顔で見ている。だが当の慎太郎はちょっと牡丹の言葉が嬉しかった。
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