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一瞬、息を飲む空気。
複数の視線を感じる。
ユヅキは冷静さを辛うじて取り戻す。
「あ……ありがとう」
ユヅキは下を向きながら小さな声で呟いた。
恋愛経験がゼロに等しいユヅキでさえ
この状況を瞬時に察した。
山本ケイは多くの女子に
憧れられている存在に違いない。
ケイはユヅキの様子など気にも留めず
犬の話を聞きたがった。
まるで小学生のまま大きくなった王子様だ。
二人は多くの生徒達と共に
高校前のバス停で降りると
学校へ向かいながら犬の話で盛り上がった。
「ウチの犬はサンゴって言うんだ。
ウチの母さんが勝手に
変な名前付けちゃったんだよ」
「珊瑚?海の底の?」
「違う違う。数字のサンゴ。
15歳最後の日に連れて来たから
サンゴ ジュウゴの『サンゴ』だって。
16歳の誕生日プレゼントに……って
母さんが貰って来たんだよ。
1日ウチに来るのが遅かったら
『シシ』って名前付けられちゃう
トコだったよ」
──ウチの母さんも少し変わっているけど
ケイのお母さんも変わった感性の
持ち主だなぁ……。
ユヅキはその時、単純にそう思った。
ケイはまるで、ずっと前から
ユヅキと仲の良い友達だったかのように
親し気に話した。
ケイは『男子と女子』とか
『初対面と顔見知り』という
当たり前のボーダーラインが
元々存在しない不思議な人だった。
──そこがきっと
女子の心を鷲掴みにしている
ポイントの一つに違いない……
そうユヅキは分析した。
それにしても、犬種も似てる。
飼い始めた時期も同じ位。
名前も何処か似ている。
まして、右目の特徴まで似てるなんて……。
ユヅキは今までに感じた事のない
奇妙な感覚に包まれた。
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