空似

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カツカツカツ…… 教授のしわがれた声と共に 昔の人間の名前が 次々に書き込まれていく。 通常、タブレット教材の映像授業が 当たり前の世の中で 日本の古典文学の授業は 何故か黒板という名の緑色のボードに ハクボクという手が汚れる 棒状の彩料を使って重要事項を書き込む。 大学から招かれた白髪の教授は、 特にこのスタイルの授業を好んだ。 この授業は古典文学の授業だけではなく 昔の授業風景を体験するという 意味合いも含まれているのかもしれない。 ほとんどの生徒達は授業内容を 記録用タブレットに打ち込んだり ボードの内容を写真に保存したり、 音声を録音したりしている。 ユヅキは老教授に倣って 『ノート』という綴じられた紙の束に 授業内容を書き入れ、 敢えて昔の授業というものを味わう。 白髪の教授は今『源氏物語』という 大昔に書かれた超長編小説の 登場人物について相関図を書きながら 説明をしているのだった。 理系の生徒が多いこの学校で 文系の授業は極端に少ない。 ユヅキはこの教授の授業が 嫌いでは無かった。 しかし……さすがに 430人近い登場人物がいる話だ。 ユヅキは頭がこんがらがってきた。 時代が違えば当然文化も常識も違う。 この時代の常識は今の時代だったら非常識。 今の時代の常識はその時代だったら 当然非常識に感じられるだろう。 だから良いとか悪いとか一概には言えない。 言えないけれど、一人の男が これだけたくさんの女達に 愛されたお陰で相関図はグチャグチャだ。     
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