Ⅵ.面影

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唯は家に帰るなり、自分の部屋へ籠った。 1階のリビングからは母が夕食はどうするのと大声で聞いてくるが、今の唯はそれどころではない。 「後で食べるー!!」 唯もまた大声で返事をする。 電話の呼び出し音がやけに長く聞こえる。 『もしもし唯!今日はどうだった!?会えた?』 「すっごく楽しかった!最初は竹本さん居ないなって思ったんだけど、自由曲吹いてたら声かけられて、振り返ったらバッタリ!!」 『えー!それでそれで?』 「私たちがやる自由曲ね、昔竹本さんが高校の時にも吹いたことあったみたいで、一緒に自由曲吹いたの!あのCDの演奏、竹本さんたちなんだって!」 『すごい偶然だね!共通点がみつかったなら、結構話せたんじゃない?』 唯はすぐさま美玖に本日の報告をする。 美玖も唯の話を聴きながら興奮しているようだ。 「たくさん話せたけど、ほとんど吹奏楽の話だったよ。それでね、来週の日曜日にスケールの楽譜を借りられることになったの!」 『竹本さん、吹奏楽が好きなんだね。楽譜借りるってことは、会う約束ができたってこと?』 「うん!また同じくらいの時間にって。」 『そっか!本当よかったね!唯はいつも緊張に弱いのに、今日は頑張ったね~!偉いぞ!』 「えへへ…。」 美玖との電話で盛り上がっていると、下の階から母親の声が聞こえてきた。 「唯ー!片付かないからさっさと食べてよー!」 「すぐ行くーっ!!あーごめん美玖、お母さんが夕食だって呼んでるからもう切るね。」 『大丈夫!じゃあ、また明日。』 「うん、また明日。」 携帯の終話ボタンを押して電話を切ると、部屋が一人の空間であることを実感する。 今日も、美玖にひかりのことを言えなかった。 「……ごめん、美玖…。」 いや、そうじゃない。 唯自身、本当は言いたくない。 唯は迷っていた。 いつか本当のことを、美玖に告げる日が来るのだろうか。 携帯をポケットに入れ、部屋の電気を消す。 唯はもやもやと蟠る気持ちを切り替えるかのように、足早に家族が待つ1階のリビングへと降りて行った。
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