Ⅵ.面影

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「あった!これだ。結構メモ書きしちゃって汚いな…。大丈夫かな…。」 目的のスケールの楽譜を見つけ、パラパラとページをめくる。 そこには、吹奏楽部時代に自分がびっしりと書き込んだメモが残っていた。 「“ピッチ高めに”…。“換え指使って”…。」 昔のメモを小さくつぶやきながら読み上げ、込み上げるなつかしさに目を細めた。 楽譜をパタンと閉じて床に置く。 目的のものは発見したが、森は段ボールの中に残っている楽譜を見ずにはいられなかった。 一番下の楽譜を取り上げ、開いた時だった。 楽譜の間から、何かがひらりと床に落ちた。 「ん?……これ…」 それはピンク色の小さなメッセージカードに綴られた、森への手紙だった。 「“森へ”…。」 見慣れた丸文字は、森の鼓動を速めた。 ≪ 森へ ≫ ≪ 明日は森と一緒に出場する初めての夏の大会だね。 今日まで沢山練習したけど、連符のところは何回やっても練習し足りないよ。 明日は、みんなでベストを尽くして、今までで一番いい演奏をしようね。 めざせ、ゴールド金賞!! ≫ ≪ ひかりより ≫ 「…“ひかり…より”…。」 そうだ。 これはひかりと出場した、最初で最後の大会の楽譜だ。 そして目に飛び込んできたのは、その夏の大会の前日、部活を終えた帰り道にひかりがくれた手紙だった。 16歳の、高校一年生の、夏の大会。 惜しくも代表にはなれなかったが、森も高岡も相馬も、そしてひかりも、来年こそはと思っていた。 来年こそは…と。 今日川原で会った高校生の女の子… 唯も、夏の大会に向けて練習中だと言っていた。 ひかりと同じフルートを吹き、ひかりと同じく連符が苦手な唯…。 本当は高校3年生の大会で、ひかりと一緒にソロを吹きたかった。 お互いに想い合って、ひかりとなら最高の演奏ができるはずだった。 今日、唯とともにそのソロを吹いて、燻っていたそんな気持ちが再び燃え上がって行く気がした。 どこかひかりと唯を重ね、行き場のないそんな気持ちを抑え込んだのだ。 森は手紙を拾い上げてもう一度楽譜に挟むと、痛む傷を隠すように、段ボールにそっとしまい込んだ。
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