Ⅵ.面影

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グラウンドにピーッと笛の甲高い音が響き、生徒たちは体育教員の前に整列していく。 唯と美玖も他の生徒たちと同様に教員の元へと向かう。 「今日の50m走では個人新記録を出せた人が多くて、感心しました!次回は100mをやるので、今日説明したポイントをよく確認して臨むように!以上!今日の日直は…」 「はい、私です。」 「じゃあ春野、号令を。」 唯の号令で本日最後の授業が終わった。 じりじりと照り付ける日差しから逃げるように、生徒たちは小走りで教室へ戻っていく。 テスト期間を終え、生徒たちにとって夏休み前のこの時期は一段とやる気を出すのに苦労する。 しかし、吹奏楽部は夏の大会が目前に迫り、練習は一層ハードになっていた。 日直の唯は授業で使用した用具を片付けるため、真っ赤なコーンに手を伸ばす。 一刻も早く部活に行くため、美玖も片付けを手伝って急ピッチで作業を進める。 「用具室の鍵は掛けとくから、唯は先に教室に戻って日誌書いてて!」 「ありがとう美玖!助かる!」 唯は美玖にお礼を言って教室へと駆けだした。 数秒間、美玖は小さくなっていく親友の背中を眺めたまま動かずにいた。 雲が風に乗って、頭上をゆっくりと流れていく。 美玖の笑顔が少し曇る。 美玖は用具室のドアに鍵をかけると、縛っていた髪を解いた。 熱を帯びた風が、肩より少し長いさらさらの髪を撫でていく。 一呼吸おいて、美玖もまた教室へと歩きだした。
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