瑠璃の決意

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 天井に空いていた、小指の爪よりも小さな白い穴を仰ぎ、誰もがあっ、と声を上げた。それは瞬きする暇すら惜しいと思うほどの早さで大きくなっていく。  たまらず腕で目を庇うと、「茜様よりお預かりしていた、皆様宛てのメッセージを代読させていただきます」という声が凛と響いた。 「つらいときや苦しいとき、昔の人は空をよく見上げていました。そうすることで不思議と心が慰められ、『俯いてばかりいられない』と奮い立たされるからです。今後、皆様がどんな未来を作られていくのか私には想像もつきませんが、行き詰まった時や迷いが生じた時にこそ顔を上げて、白いシェルターの天井と、固い地表の向こうに広がる景色に想いを馳せてみてください」  言葉が途切れるよりわずかに早く、私は両目を見開いていた。まず飛び込んできたのは、大きな水溜まりの上に浮かぶ、真っ赤な火の玉。  「海と空の境界線である、『水平線』間近にまで落ちている夕陽」だという解説を待たず、あちこちから絶叫のような泣き声が上がっていた。満面の笑みで周囲を見回す者、夕陽を映し出す正面の壁に向けて拝む者、抱き合って嗚咽を漏らす老夫婦もいる。  地上は、美しい。単調な白が淡々と続く地下世界とは比べようもない。母だけでなく、多くの人が帰りたがる理由がようやく腑に落ちた。私も不思議な引力に魅入られた気分だ。 「きれい! 真っ赤っかだ!」  涙の名残を宿して煌めく目を夕陽に注ぎ、萌はぴょんぴょん跳ねていた。 「ねえ、萌。あれが『あかね』色だよ」 「おばあちゃんの色だ!」  そうだね、と頷くと、萌は主人と一緒にその場に屈んだ。徐々に下方へと遠ざかる夕陽を食い入るように眺めている。あなたのおばあちゃんはちゃんと約束を守ってくれたのだということを、後で話してやらなければ。  私は、感動と喜びの涙で沸き返る人々とその向こうに広がる景色をじっと眺め―――そして、空を見上げた。左右も足下も全てが夕陽色に染まっている世界でも、遥か上空にはまだ瑠璃色が消え残っていて、水平線に近付くにつれ赤みが増していく。  茜色から瑠璃色への、鮮やかなグラデーションが私に微笑みかけていた。
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