茜の覚悟

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「もう、母さん。できないこと言わないで。地上になんて行けっこないんだから」 「…そうだ、瑠璃(るり)。あんたに伝えておかなきゃならない話があるの」  こういう、凪いだ眼差しをしているときの母はとんでもないことを言い出すのだ。できれば聞きたくないが、夕食後の後片付けも既に終えていて、家事に逃げることはできない。  読みかけの電子書籍の電源を落としてテーブルに放ると、「萌ちゃん、おばあちゃんの部屋から杖を取ってきてくれるかい」と母は萌を隣室へ送り出した。いつもなら介護用ロボットに歩行介助をさせて部屋に戻るのに。孫に聞かせるには忍びない話でもするつもりなのだろうか。 「そろそろ私もいつお迎えが来るかわからない体になってきたからね。だから、『死に方』を決めたよ。このサービスを使えば、みんなに空を見せてあげられる」  ゆっくりと立ち上がった母は、懐から取り出した四つ折りの紙を広げて渡してきた。上質なマットコート紙で作られたチラシ。国から「自然資源の使用は極力慎むように」と宣言が出されているこのご時世に、よくこんな高級素材を使えたものだ。  煌めく星々が散らばる漆黒の銀河を背景に「宇宙葬」という三文字がでかでかと書かれている。聞いたこともないサービスだが、「葬」というからには葬送儀礼にまつわるものだろう。縁起でもない。  手順は大まかに「3ステップ」だと紹介されている。まずサービス利用者が亡くなったら遺体を火葬し、骨にする。次に遺骨を専用の容器に入れ、ヒトスジシマカの侵入の恐れがない経路を使って地上に打ち上げる。最終的に遺骨は深宇宙にまで到達し、半永久的に宇宙を漂い続ける――― 「何なのこれ」 「私が死んだら、遺骨を宇宙に打ち上げてもらうんだ。私たちが地上で暮らしてたときにはあったサービスなんだけど、深東京ができてからは初の試みらしくてね…前々から相談されてて、今日改めて協力を依頼されたから、応えてあげようと思って」  昼過ぎに来ていた男たちはこの宇宙葬とやらを提供する会社の人間か。人の家まで押し掛けて、葬儀の相談を持ちかけるなんて失礼にも程がある。  だが母は妙にうきうきしているようだ。将来について確かな予定を立てたことで、行く末に関する不安を手放したつもりなのか。冗談じゃない。
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