瑠璃の決意

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瑠璃の決意

 そんなやり取りをしてから1週間と経たない内に、母は突如息を引き取った。  朝、いつもの時間に起きてこないことをおかしく思って様子を見に行ったら、母の体はベッドの中で冷たくなっていたのだ。前日の夜は普段通り食事を取り、萌と一緒にお風呂に入って、特におかしな様子もなく自室へ消えていったのに。体力も気力も人の倍以上あるとされていた人の最期があれほど呆気ないなんて。  母の遺体を前に、自分が何を思ったか憶えていない。ただ、母が生前勤めていた国立病院と夫に連絡を入れ、状況がわかっていない萌を抱えて助けを待った。 「おばあちゃん、いつ起きるのー? お腹すいた」  しばらくしてそう言い出した萌に冷たくなった朝食を食べさせていると、まず救急車がやってきた。遺族として何をすべきか、葬儀までの段取りは、と事務連絡をされて懸命に話を聞いたけれど、半分も理解できずじまい。結局、駆けつけてくれた主人にほとんどの対応をさせてしまった。 「お骨上げをお願いします」  こうして葬儀当日を迎え、爪先から脳天まで丸ごと焼かれて骨にされてしまった母を目の当たりしても、私の胸には「母が死んだ」ことの実感など湧きようもなかった。  歴史資料のなかで空や太陽を目にするときの気持ちと同じ。他人事なのだ。何人もの参列者が泣き濡れている姿を目の当たりにしても、涙がまるで出ない。  棺に納められているところを見てもだめ、導師が読経を始めても、喪主挨拶に立っても、火葬場に着いても、遺体が遺骨になっても―――そして今、お骨上げを終えても母の死はまだ、あり得ないほど遠い。 「ママ、ずっとしょんぼりしてるね…萌と、おめめ合わせてくれないの。おばあちゃんがいないから?」  拾骨を済ませ、ずっしりと重い骨壷を抱えて拾骨室を出た私の背後で、萌が主人にそう囁きかけている。  本人としては精一杯の小声らしい。子供にまで気を遣わせてしまっているなんて、と申し訳なくなったが―――今の私には、さすがの母でも「俯かないの」とは言えまい。  それでも、火葬場までついてきてくれた30人ほどの参列者に最後の挨拶と感謝を伝えねばと顔を上げたところで「失礼します」と声をかけられた。スーツ姿の男性が3人、こちらへ向かってくる。参列者のなかにはいなかったはずの顔だが全員見覚えがあった。
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