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言葉狩り師
言葉狩り師。
それは人々の大切な言葉を奪う、悪しき存在。
刑事である私の最も重要な仕事は、言葉狩り師の逮捕だ。
町外れにあるその空き家には、言葉狩り師が隠れ住んでいるという。
雑草が生い茂る前庭を進み、玄関口へと向かう。
ドアノブに手をかける。鍵はかかっていないようだ。
ゆっくりと音を立てないように扉を開く。
がらんとした空間が広がっており、誰もいない。
塵や埃が至る所に堆積しており、一見すると人が住んでいる気配はない。
だが。
よく見ると薄く足跡のようなものが残っている。
「何の用だ」
突如、奥の方から男の声が聞こえた。
胸ポケットから銃を取り出し、構える。
「言葉狩り師か?」
両手を上げながら男が姿を見せた。顔は影に隠れて見えない。
「その銃、刑事だな」
「貴様を逮捕する」
その瞬間、私の手から何かが滑り落ちた。
「大事なものを落としているぞ。拾わなくていいのか?」
言葉狩り師が嘲る。
足元に見慣れない黒い物体が落ちている。これは一体何だ?
言葉狩り師がそれを拾い、筒状の形をしている方を私に向けた。
言葉狩り師の顔が見えた。若い男だ。
「大丈夫だ。死にはしない。君の大切な言葉をいただくだけだ」
耳を劈くような音が響き、私は意識を失った。
気がつくと私は自宅の前で倒れていた。
起き上がり、あたりを見渡す。
言葉狩り師は見当たらない。
体の節々が痛んだ。
ポケットから鍵を取り出し、私は自宅へと戻った。
「あら、早かったのね」
妻は笑顔で私を出迎えた。
「楽しみにしていたわ。今日教えてくれるんでしょう?」
「今日? 何の話だ?」
「あらやだ。名前よ、私たちの子どもの。いい名前ができたって喜んでたじゃない」
そうだ。とてもいい名前ができたんだ。
今日妻に伝えるつもりだった。だが全く思い出せない。
名前が、奪われたんだ。言葉狩り師め。
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